おはようとちぎ・ホームタウンとちぎ

Infobox 列車

列車名おはようとちぎbrホームタウンとちぎ

ロゴ
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画像Jnr 185 B1-Ohayo-Tochigi-20101123jpg
画像サイズ300px
画像説明185系おはようとちぎ
国JPN

種類特別急行列車

現況廃止

地域
前身

運行開始1985年3月14日(なすのとしての運転開始)

運行終了2010年12月3日
後継

運営者東日本旅客鉄道(JR東日本)

旧運営者
平均乗客数

起点新宿駅

停車地点数

終点黒磯駅
営業距離
平均所要時間
運行間隔
列車番号

使用路線山手線・東北本線(宇都宮線)

クラスグリーン車・普通車 鉄道車両普通車

身障者対応

座席グリーン車座席指定席指定席4号車br 普通車自由席1 - 3・5 - 7号車

その他

車両国鉄185系電車185系電車(田町車両センター)

軌間1067 ミリメートルmm
電化直流電化直流1500 ボルト 単位V

最高速度

線路所有者
備考
路線図
路線図表示--collapsed--

FileJnr 185 B4-Hometown-Tochigi-20101121jpgthumb200px185系ホームタウンとちぎ

おはようとちぎ・ホームタウンとちぎは、かつて東日本旅客鉄道(JR東日本)が新宿駅 - 黒磯駅間を山手線・東北本線(宇都宮線)経由で運行していた特別急行列車である。

本項では、おはようとちぎ・ホームタウンとちぎのほか、かつて東北本線の上野駅・新宿駅 - 黒磯駅間(宇都宮線区間)で運行された優等列車歴史についても概説する。

廃止時の運行概要

朝に運行された列車は上りおはようとちぎ、夕方に運行された列車は下りホームタウンとちぎであり、ホームライナー通勤ライナーに近い朝上り・夕方下りの運転体制を取っていた。2008年3月15日のダイヤ改定で新宿発古河行きのホームライナー古河5号が廃止されたのに伴い、この列車の帰り便として設定されていた宇都宮発新宿行き特急おはようとちぎ2号が廃止された。ホームライナー古河5号および特急おはようとちぎ2号の廃止によって空いた車両の運用枠は、別路線の通勤ライナーに充当された。なお、この廃止は利用客数の低迷によるものではなく、他路線の通勤混雑緩和目的とするものであった。廃止当時、両列車とも利用率は好調であった。さらに、2010年(平成22年)12月4日のダイヤ改正で、おはようとちぎ・ホームタウンとちぎは廃止となったrefhttpwwwjreastcojppress201020100916pdf 2010年12月ダイヤ改正について(2010年9月24日発表のプレスリリース)ref。廃止理由は利用者減とされているが、高崎線特急あかぎに比較し運行本数が1往復に限定されていた特急おはようとちぎホームタウンとちぎの利用状況は順調であり、土曜休日のおはようとちぎを中心に立ち客が出るほど混雑していた。宇都宮線内の駅で始発、終点となる最後特急列車だった。

停車駅

新宿駅 - 池袋駅 - 赤羽駅 - 大宮駅 埼玉県大宮駅 - 蓮田駅 - 久喜駅 - 古河駅 - 小山駅 - 石橋駅 栃木県石橋駅 - 宇都宮駅 - 宝積寺駅 - 氏家駅 - 矢板駅 - 西那須野駅 - 黒磯駅

使用車両・設定車種

styletext-aligncenter margin1em 0em 1em 1em bordersolid 1px 999 floatright

2010年3月13日現在の編成

stylebackground-coloreee border-bottomsolid 4px 008000おはようとちぎ・ホームタウンとちぎ

-
stylefont-size80TrainDirection黒磯新宿
-
classwikitable stylefont-size80 floatcenter marginauto
-
1234567
-
colspan3自stylebackground-colorcf9Gcolspan3自
-
styletext-alignleft font-size80
全車両禁煙

座席種別凡例

bgcolorcf9Gグリーン車座席指定席
自普通車 鉄道車両普通車座席自由席

田町車両センター所属の国鉄185系電車185系電車7両編成(B編成)を使用していた。

普通車 鉄道車両普通車は全車自由席で、グリーン車のみ座席指定制を採っていた。

-
宇都宮線優等列車沿革

本章には宇都宮線区間(東北本線黒磯駅以南区間)を運行する優等列車について記述する。なお、一部日光線・烏山線・両毛線・水戸線に乗り入れる系統も記述する。

日光線優等列車については、日光 列車国鉄・JR東日本日光線優等列車沿革日光線優等列車沿革、両毛線への直通列車はあかぎ 列車、黒磯駅以北に直通する列車の沿革については 東北本線優等列車沿革も併せて参照されたい。

なお、宇都宮線区間で通過運転をする列車(快速列車普通列車など)の沿革については、宇都宮線宇都宮線区間で快速運転した列車の沿革宇都宮線快速列車沿革も参照されたい。

運行の創始と戦後展開

1913年(大正2年)5月 - 上野駅 - 宇都宮駅間(宇都宮線区間)で快速運転する普通列車609・610列車(一・二等客車付き)が上野駅 - 黒磯駅・日光駅間に設定される。

609・610列車の停車駅上野駅 - 赤羽駅 - 蕨駅 - 浦和駅 - 大宮駅 埼玉県大宮駅 - 蓮田駅 - 久喜駅 - 栗橋駅 - 古河駅 - 小山駅 - 石橋駅 栃木県石橋駅 - 宇都宮駅 -(各駅停車)- 黒磯駅

1950年(昭和25年)- 新橋駅 - 桐生駅間を小山駅経由で運行する快速列車と、上野駅 - 宇都宮駅間(上りは烏山線烏山駅始発)の愛称なしの快速列車が設定される。また日光線直通臨時列車ににっこうの愛称が与えられる。

1952年(昭和27年) - 上野駅 - 黒磯駅間運行の快速列車が設定される。

設定当初は臨時列車不定期列車扱いで土曜日・日曜日のみの運行であった。

1955年(昭和30年)- 上野駅 - 黒磯駅間運行の快速列車に国鉄キハ10系気動車キハ45000系気動車を導入し日光の補助として一部車両を日光線日光駅まで運行する編成を連結。日光線直通優等列車はこの気動車快速・日光・客車快速だいやの3往復となる。

この頃、両毛線直通快速列車にわたらせ(新橋駅発着列車)およびおおとね(上野駅発着列車)、黒磯発着の多客期臨時快速列車にゆのかの名称が与えられた。

1956年(昭和31年)11月19日 - 山手線・京浜東北線の分離運転開始に伴い、わたらせ新橋駅発着を終了。上野駅発着となる。この頃、黒磯駅発着の快速列車にしもつけ、日光線直通快速列車に二荒、日光線直通多客期臨時快速列車(東京駅 - 上野駅 - 宇都宮駅 - 日光駅)に中禅寺の名称が与えられた。

1958年(昭和33年)4月14日 - 気動車列車しもつけ・二荒・ゆのか・中禅寺を準急列車に昇格し、車種を客車に変更。両毛線直通の無名の気動車快速列車が高崎駅 - 小山駅 - 宇都宮駅 - 黒磯駅間(宇都宮駅 - 黒磯駅間は各駅停車)で運行開始、毎日1往復の設定だった。

大宮駅 - 宇都宮駅間の鉄道の電化電化が完了し、気動車列車より速度が速いとされていた電気機関車牽引の客車列車の投入で速達化が可能とされ、また主に通勤・通学用とされた国鉄80系電車80系電車などの電車の絶対的不足により準急列車へ確保することができなかった事情による車種変更であった。

1958年(昭和33年)10月1日 - 二荒の運行区間(上野駅 - 宇都宮駅 - 日光駅・黒磯駅)を上野 - 郡山駅 福島県郡山駅 - 福島駅 福島県福島駅・会津若松駅間に変更し、東北本線優等列車沿革戦後・東京対東北各都市間での優等列車の展開あぶくまに名称を変更。これにより二荒の名称は一時消滅。

電車準急列車なすの登場以降

1959年(昭和34年)9月22日 - 日光線電化完了にともない、しもつけの車種を80系電車に変更し日光駅発着列車を廃止。中禅寺の発着駅を東京駅から新宿駅へ変更。中禅寺の間合い運用で日光駅 - 宇都宮駅 - 黒磯駅間に無名の季節運転の準急列車が運行される。上野駅 - 黒磯駅間に季節運転の準急列車なすのを国鉄157系電車日光形157系電車で運行開始。

なすのは当時特別準急電車と称された日光形157系電車を使用し、準急日光中禅寺の間合い運用で運行された。

1960年(昭和35年)8月15日 - 上野駅 - 宇都宮駅間に準急列車ふたあらを80系電車で運行開始。おおとねは廃止されわたらせは無名の快速列車となる。

1961年(昭和36年) - 準急ゆのかに157系電車が投入される(国鉄157系電車を参照)。また夏季シーズン休日に上野駅を深夜1時前に出発して早朝4時過ぎに日光駅に到着する日光線直通電車快速列車奥日光が下りのみで運転されたほか、東京駅発着の準急列車臨時日光、無名の準急列車が運行される。

1962年(昭和37年)10月1日 - 両毛線直通快速列車が準急列車に昇格しわたらせの愛称が復活。また、わたらせに併結して水戸線経由で上野駅 - 水戸駅・真岡線(現真岡鐵道真岡線)真岡駅発着の準急列車つくばねが運行開始。

つくばねの運行に際しては小山駅構内の東北本線水戸線短絡線を通過する形をとった。そのため、小山駅には停車できなかった。また、つくばね・わたらせの分割・併合は間々田駅にて行なわれた。

1963年(昭和38年)

3月25日 - しもつけ・なすの車種を国鉄165系電車165系電車に変更。

10月1日 - ふたあらの車種を165系電車に変更。またしもつけ1往復を増便し2往復(うち1往復は季節列車、後に定期列車化、80系電車)とする。

1964年(昭和39年)10月1日 - 下りつくばねの真岡行きを茂木駅茂木行きに延伸。

この頃、大阪駅 - 名古屋駅 - 長野駅 - 高崎駅 - 小山駅 - 宇都宮駅 - 日光駅間に信越・日光観光専用団体列車が定期運行される。rarr団体専用列車も参照されたい。

1965年(昭和40年)

8月頃までゆのか運行を実施

10月1日、ふたあらをしもつけに名称変更してしもつけ3往復体制となる。うち1往復は上野駅 - 宇都宮駅間の519M・512M、2往復は上野駅 - 黒磯駅間の2515M・2516M・2519M・2520Mで、黒磯駅発着便は一部が指定席(二等)であった。また、わたらせの準急運行区間を桐生駅までとし、同駅以西は普通列車とする。

1966年(昭和41年)3月5日 - 準急列車を運行距離が100km以下の急行列車と定義したことにより、しもつけ・つくばね・なすの・わたらせ急行列車に昇格。

1967年(昭和42年)夏季シーズン - 横浜駅 - 品川駅 - 東京駅 - 宇都宮駅 - 黒磯駅・日光駅間に臨時列車第2なすの・第2日光・第3なすの・第3日光が運行される。同時に上野駅 - 大宮駅 - 宇都宮駅 - 日光駅・西那須野駅間に臨時快速列車霧降高原・塩原が運行される。

急行なすのとその周辺列車群

1968年(昭和43年)10月1日 - いわゆるヨンサントオヨン・サン・トオダイヤ改正により以下のように変更される。

しもつけとなすのを統合し、なすのの運転本数を毎日5往復とする。なすの下り1本を国鉄115系電車115系電車、上り1本を国鉄457系電車455系電車での運行とし、この上り1本を白河駅始発とする。

つくばねが電車化される。これにより非電化である真岡線への直通編成は廃止。また勝田駅まで運行区間を延伸する。つくばねは下館駅駅 - 勝田駅間を普通列車に格下げ。

わたらせも電車化される。また、1往復を増発し2往復となる。増発列車は小山駅以西で普通列車、ただし両毛線内定期乗車券乗車禁止とされた。

1969年(昭和44年)10月4日 - 臨時列車季節特別急行列車特急くろいそ国鉄181系電車181系電車2往復で運行開始。

1970年(昭和45年)10月1日 - 日光 列車国鉄・JR東日本日光線優等列車沿革日光の運休日に上野駅 - 宇都宮駅間で運行される上りなすの2本を設定、なすのの運転本数は毎日下り5本、上り7本となる。

1972年(昭和47年)10月2日 - つくばねの急行運行区間を結城駅までに短縮。また、くろいそはなすのに編入され、なすの51・52号となる。

FileJNR 165 nasuno hasudajpgthumb250px165系急行なすの(1984年)

1973年(昭和48年)10月1日 - 季節特急くろいそ廃止。

1976年(昭和51年)11月1日 - 国鉄115系電車115系電車で運行されていた下りなすの1号を快速列車に格下げ。なすのの運行本数は毎日下り4本、上り6本に。

1978年(昭和53年)- わたらせ2号の両毛線内定期乗車券乗車禁止の特例を廃止。

1982年(昭和57年)11月15日 - 東北新幹線開業に伴い上野発の東北特急が一部を除いて廃止。急行日光・いわて・いいでが廃止さればんだい・ざおう・あづまが削減されたのに伴い、これを補完する形でなすのの運転本数を毎日下り7本、上り9本に増発。

新特急なすのの誕生

1985年(昭和60年)3月14日 - 東北新幹線の大宮駅 - 上野駅間開業に伴い以下のように変更。

つくばね・わたらせを廃止。

なすのは上野駅 - 宇都宮駅・黒磯駅間運行のエル特急新特急なすのに昇格し国鉄185系電車185系電車による運行となる。急行まつしま廃止を補う形で9往復に増発。

File185-200 Nasunojpgthumb250px185系新特急なすの

1987年(昭和62年)9月3日 - 新宿駅 - 黒磯駅間に全車指定席の快速列車フェアーウェイ 列車フェアーウェイ号が定期列車(毎日運転)として運行開始。

1988年(昭和63年)3月13日 - 新特急なすの9往復のうち、利用客の少ない4往復を快速ラビットに格下げ、夕方以降の速達列車として快速スイフトが18時以降1時間に1本の割合で4往復設定。

新特急なすのは東北本線上野駅 - 黒磯駅間の主要駅のうち、東北新幹線の停車駅ではない駅での利用を見込んでいたが、急行時代と所要時間がほとんど変わらないにもかかわらず、新特急化により事実上の運賃値上げになったこともあり、利用は伸び悩んだref急行時代より途中停車駅が増えたのも所要時間がほとんど変わらなかった一つの要因である。また、当時東北本線内を1往復ずつ運行していたつばさ 列車つばさあいづは停車駅や最高速度に差があるものの上野駅 - 宇都宮駅間で約10分所要時間が短く、かつ51km以上の自由席特急料金は同額であったことも新特急なすのの割高感を助長した面がある。httpw01tp1jpa073009361JIKOKUlimexp86nasunohtmy86 なすの時刻表 httpw01tp1jpa073009361JIKOKUlimexp86tsubasahtm つばさ時刻表 httpw01tp1jpa073009361JIKOKUlimexp86aizuhtm あいづ時刻表(いずれも1986年当時)リンク切れdate2015年6月ref。

1989年(平成元年)3月11日 - 快速ラビットが好評により1時間あたり1本に増発、下り9本、上り8本となる。

1990年(平成2年)3月10日 - 新特急なすの2・7号を新宿駅 - 黒磯駅間に、残りは快速ラビット・スイフトに再編する。再編後の新特急なすのは朝上り1本、夕下り1本の計1往復、快速ラビットは1時間あたり1 - 2本の下り12本、上り10本、快速スイフトは6往復となる。これにより、新特急なすの号は毎日1往復となり、種別をエル特急から特急に変更。快速列車は毎日下り18本、上り16本となる。

1991年(平成3年)3月16日 - 快速スイフトの列車名称を廃止し通勤快速に変更。

1992年(平成4年)3月14日 - 宇都宮発の新特急なすの1本と新宿発のホームライナー古河を増発、毎日15往復(下り1本、上り2本)となる。

1993年(平成5年)- 快速フェアーウェイを臨時列車に格下げし、休日ダイヤのみでの運行とする。

おはようとちぎ・ホームタウンとちぎへ改名

1995年(平成7年)12月1日 - 東北新幹線東京駅 - 那須塩原駅で運転されていたあおばを分離し、なすのの愛称を与える。これに伴い、従来の新特急なすのは新特急おはようとちぎ・新特急ホームタウンとちぎに名称変更。

1996年(平成8年)10月5日 - 土休日を中心に、おはようとちぎ2号を鎌倉駅まで延長運転する形で、新特急おはようとちぎかまくらが運転開始。ref新宿より先は、横浜・大船・北鎌倉に停車したref

2002年(平成14年)12月1日 - 新特急の称号を廃止し、特急おはようとちぎ・ホームタウンとちぎとなる。

2004年(平成16年)10月16日 - 湘南新宿ラインの大幅増発に伴い、昼間帯の快速ラビットを湘南新宿ライン直通の快速(列車名なし)に移行。

2007年(平成19年)3月18日 - おはようとちぎ・ホームタウンとちぎの全車両を禁煙化。

2008年(平成20年)3月15日 - 湘南新宿ライン増発に伴い、宇都宮発のおはようとちぎと新宿発のホームライナー古河を廃止。1往復のみの運行となる。

2010年(平成22年)12月3日 - 湘南新宿ライン増発に伴いおはようとちぎ・ホームタウンとちぎこの日をもって運行を終了。

列車愛称の由来について

おおとね沿線の大利根町にちなむ。

奥日光目的地である日光市日光の景勝地奥日光から。

おはようとちぎ朝運行のため通勤の足としての利用を主眼におき、始発地である栃木県の平仮名表記とちぎを付ける。

霧降高原目的地である日光の景勝地霧降高原から。

くろいそ目的地である黒磯市黒磯(くろいそ)から。

塩原目的地である栃木県北の温泉保養地塩原温泉から。

しもつけ栃木県の令制国旧国名下野国(しもつけのくに)から。

湘南日光沿線の観光地名日光および湘南から。

だいや目的地である日光を源流とする河川名称大谷川(だいやがわ)から。

中禅寺目的地である日光の景勝地中禅寺湖から。

つくばね水戸線沿線にある筑波山の異称筑波嶺(つくばね)から。

なすの目的地である那須野が原にちなむ。
日光、にっこう目的地である日光から。

二荒、ふたあら栃木県宇都宮市にある宇都宮二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)にちなむ。

ホームタウンとちぎ夕方運行で主に帰宅の足としての利用を狙い、目的地である栃木県の平仮名表記とちぎを付ける。

ゆのか沿線にある那須温泉郷等への輸送への誘致のため、温泉の湯煙にちなむ。

わたらせ沿線にある渡良瀬川・渡良瀬遊水池にちなむ。

脚注
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関連項目
宇都宮線
湘南新宿ライン
DEFAULTSORTおはようとちき
東京対北関東優等列車
category日本の特急列車廃おはようとちき

category東日本旅客鉄道の列車廃おはようとちき

Category東北本線
Category山手線
Category列車愛称 おはようとちき